東京高等裁判所 平成元年(行ケ)134号 判決
イギリス国
デイエイ17・6ビーエヌ、ケント、ベルベダー、
クラブツリー・マノアウェイ、フイッシャーズ・ウエイ
原告
キース・セラミック・マテリアルズ・リミテッド
代表者
ジョン キース シーンズ
訴訟代理人弁理士
秋元輝雄
同
折元保典
訴訟復代理人弁護士
安田有三
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
麻生渡
指定代理人
松浦弘三
同
涌井幸一
同
田中靖紘
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が昭和62年審判第14811号事件について、昭和63年12月27日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文第1、第2項と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和54年2月10日、名称を「改良耐火組成物」(後に「耐火物製品の製造方法」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)にっき特許出願をした(昭和54年特許願第14900号)ところ、昭和62年3月31日に拒絶査定を受けたので、同年8月24日、これに対し不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を昭和62年審判第14811号事件として審理したうえ、昭和63年12月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成元年3月1日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
粒状の気孔形成材料の本体を耐火物粗材料で被覆し、次いで該被覆本体を乾燥した後、粒状の気孔形成材料の該本体を分解して該耐火物材料から成る中空体を形成させるために該被覆本体を引き続いて焼成することから成る軽量耐火物製品の製造方法において、
(ア)本質的にポリスチレンから成る粒状の気孔形成材料の該本体を連続的にタンブリング運動させて、該本体から成る連続カスケードを形成させる工程;
(イ)タンブリング本体から成る該カスケード上に水を噴霧して外表面を湿潤させることにより該タンブリング本体を軽く固まった一つの集塊となす工程;
(ウ)該湿潤タンブリング本体に該耐火物粗材料を散布して軽く固まったこの一つの集塊を個々にそれぞれ分離した粒子に変える工程;および
(エ)該タンブリング本体への噴霧と散布工程を繰り返えすことにより粒状の気孔形成材料の該本体上に所定厚さの均一な耐火材料被覆を形成させる工程;
から成る改良方法であって、粒状の気孔形成材料本体上に所定厚さの均一な耐火材料被覆を形成させるための改良方法。」(特許請求の範囲第1項)
3 審決の理由
別添審決書写し記載のとおり、審決は、本願出願前にわが国において頒布された刊行物である特開昭48-25064号公報(以下「引用例」という。)を引用し、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨及び引用例の記載内容の各認定並びに本願発明と引用例発明との一致点及び相違点の認定は認める。
また、相違点(1)の判断中、「パン型造粒機を用いて、被処理物粒子の表面にバインダー液を加え、更に粉末を被覆して造粒を行う場合には、被処理物粒子をタンブリング運動させ、連続カスケードを形成すること、バインダー液を噴霧により加えること及び粉末を散布により被覆することは、本出願前普通に行われていることである」(審決書5頁6~12行)との認定は認める。
しかしながら、審決は、本願発明の構成(ウ)が自明のことであると誤って認定した結果、相違点(1)の判断を誤り(取消事由1)、また、本願発明の構成(エ)が当業者にとって必要に応じ適宜なしうると誤って認定した結果、相違点(2)の判断を誤り(取消事由2)、もって、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(相違点(1)の判断の誤り)
審決は、バインダー液を噴霧により加え、粉末を散布により被覆する際、「被処理物粒子がポリスチレン粒子の気孔形成材料であり、バインダー液が水である場合には、この気孔形成材料の軽く固まった一つの集塊が形成されること及びこの集塊に耐火物材料粉末を被覆すれば個々の分離した粒子となることは自明のことである」(審決書5頁12~17行)として、本願発明の構成(ウ)が自明であると認定したが、誤りであり、これを前提とする相違点(1)の判断も誤りである。
(1) 本願発明の要旨は上記のとおりであって、被覆工程中の工程(イ)の「水の噴霧」と工程(ウ)の「耐火物粗材料の散布」との各工程を峻別して、これら(イ)と(ウ)の組合せを工程(エ)のとおり繰り返して行うことを特徴とするものである。
本願発明が(イ)と(ウ)の工程を峻別した理由は、その使用する物が水と耐火物粗材料であるから、仮に、両工程を峻別せずに、水に耐火物粗材料を添加した懸濁液をポリスチレンからなる粒状の気孔形成材料に噴霧することとすると、耐火物粗材料が水中に均一に各粉末粒子として分散せず、気孔形成材料が不規則に凝集してしまうため、気孔形成材料の本体上に所定厚さの均一な被覆が得られないことによるものである。
本願発明は、両工程を峻別することによって、(イ)の工程により形成された軽く固まった一つの集塊が、(ウ)の工程自体によって個々の粒子に分離できることを見出した点にその本質がある。分離するとはいえ大きな集塊自体は好ましくないので、「タンブリング運動を継続しながら大きな集塊が生成しないように添加速度と頻度とを制御しつつ」(甲第2号証の2訂正明細書7頁19行~8頁1行)被覆するのである。
(2) これに対し、被告が本願発明の構成(ウ)が自明であるとする根拠として提出した「造粒便覧」(乙第1~第3号証)には、医薬用錠剤などの一般的造粒技術が記載されているが、この周知技術では、被覆される粉末を散布しても集塊がむしろ強化されるため、繰り返しの各工程中において手攪拌等の別個な工程により集塊を解消する手段が必要となる。このことは、上記文献に、繰り返しの各工程中において「手攪拌」による塊状粒子の解消のための工程が示されており(乙第3号証の3、426頁図3・2・14)、また、パン型造粒機及び水平回転ドラム型造粒機は、粒子間のせん断力が弱く、塊状粒子が発生しやすい欠点があり、せん断力を増加させても、ある装置では、生成した塊状粒子が流動の中心軸の周辺に集積し、さらに塊状化を促進することが記載され(同426頁右欄本文7~23行、427頁図3・2・16、同図3・2・17)、さらには、バッチシステムの場合にっき、「作業員の手作業でこれを解消している.この作業を機械的に処理する試みもされているようであるが、顆粒の破砕などでかえって品質劣化を招くことが多い.」(同427頁左欄本文3~7行)と明記されていることからも明らかである。
このように、上記文献に示される周知技術は、コーチング液と粉末との組合せにおける物性、例えば懸濁液中の粉末粒子の分散度、流動性などによる技術的分析に基づくものではないから、本願発明のように、工程(イ)と(ウ)を峻別し、これらの工程の組合せを繰り返す工程(エ)からなる技術思想を有するものではない。
したがって、本願発明の構成(ウ)が自明であるとした審決の認定は誤りである。
(3) 引用例には、スチロール樹脂、ポリ塩化ビニール、ポリエチレン、ポリプロピレン、メタクリル樹脂等の発泡性プラスチック類を芯材として、これに無機質材料を被覆する技術が示されているが、具体的な製造方法については、実施例中に、「径約8mmの発泡スチロール球体を芯とし、水をバインダーとして、パン型造粒機により膨張貝岩粉末を被覆、造粒し」(甲第3号証3頁右上欄1~3行)と記載されているだけで、被覆の方法は全く不明である。
したがって、これに上記周知の技術を適用しても、所定の均一な厚さを有する耐火材料の被覆を得ることはできず、引用例発明から本願発明を想到することはできない。現に引用例発明者の米国特許第4025689号明細書(甲第4号証)に記載された引用例発明と同様の発明の被覆方法の追試(甲第5号証)によっても、多数の凝集塊が生じてしまい、均一に耐火材料を被覆された粒子は得られなかったのである。
2 取消事由2(相違点(2)の判断の誤り)
審決は、「パン型造粒機を用いる造粒操作において、被処理物粒子表面にバインダー液を加え、次いでこれに粉末を被覆する工程を所望回数くり返して、所定厚さの均一な粉末の被覆を形成すること」が、本願出願前周知の手段ではないにもかかわらず、これを周知の手段と誤って認定し、これを前提に、相違点(2)に係る本願発明の構成(エ)について、「ポリスチレン粒子の気孔形成材料への水の噴霧と耐火物材料粉末の散布工程をくり返し、所定厚さの均一な耐火物材料粉末の被覆を形成することは、当業者ならば必要に応じ適宜なし得ることと認められる。」と判断するが、誤りである。
上記1のとおり、周知の方法は、本願発明におけるように工程(イ)と(ウ)を峻別するものではなく、構成(ウ)は周知の技術において自明の事柄ではない。
また、周知の技術は、繰り返し工程中、乾燥工程を必要的に採用するものであり、このことは、上記文献に、「噴霧→粉散布→乾燥を1サイクルとして50~150サイクル繰返し操作して希望粒子径に成長させる」と記載され(乙第3号証の3、426頁右欄本文1~3行、図3・2・14)、この乾燥操作について、特に説明が加えられている(同428頁左欄本文11~22行)ことからも、明らかである。
これに対し、本願発明は、繰り返しの各工程時には特に乾燥工程を採用せず、全体として所定厚さの均一な耐火材料被覆を形成した後に、乾燥するものである。
原告は、本願発明の繰り返し工程中に乾燥工程を加えて実験をしてみた(甲第6号証)が、その結果は、多数の凝集塊を生じ、本願発明のように個々の粒子に所定厚さの均一な耐火材料被覆を得ることはできなかった。
したがって、周知技術に繰り返し工程が示されているとしても、工程(イ)と(ウ)を繰り返す本願発明の構成(エ)が当業者の適宜なしうるものとする審決の判断は誤りである。
第4 被告の主張
1 取消事由1について
上記「造粒便覧」のパン型造粒機を用いるコーチング法の説明に、「コーチング操作は通常、噴霧(液の注加)、パウダースプレー(粉剤散布)、休止(パンのみ回転)、乾燥(送風乾燥)の四つの単位操作の繰返しによって行われている.」(乙第1号証の3、320頁左欄本文1~4行)との記載に示されているように、通常のコーチングにおいては、四つの単位操作の繰り返しによってコーチングが行われている。この通常の場合には、別の方法である粉剤をコーチング液中に添加し懸濁液として噴霧することによりパウダースプレーを省略し、被覆操作を懸濁液の噴霧、休止及び乾燥の三つの単位操作の繰り返しによって行う場合(同320頁左欄本文5行~321頁左欄本文1行)とは異なり、コーチング液の噴霧と粉剤の散布の工程は明白に峻別されて実施されている。そして、原告も認めるとおり、本願発明で使用する水と耐火物粗材料とで均一な分散液を作ることは、両者の比重差からみてきわめて困難であるから、懸濁液を噴霧する方法が採用できないことは、当業者に自明の事柄である。
このことからすれば、上記文献に、本願発明と同じく、工程(イ)と(ウ)を峻別する技術思想が開示されているといってよく、また、この工程を繰り返えす構成(エ)についても開示されている。
そして、上記文献の「転動造粒における造粒機構」の説明(乙第2号証の4、87~88頁2・2の項)を見れば、本願発明のポリスチレンからなる粒状の気孔形成材料はきわめて軽量であるから、これに水を噴霧して外表面を湿潤させれば、液体架橋によって付着結合し軽く固まった一つの集塊となること、こうして形成された集塊に耐火物粗材料を散布すると、ポリスチレン粒子の間隙に分布していた水分は、表面積が大きく吸水性に優れた耐火物粗材料を被覆するために使い果たされてしまい、その結果、液体架橋が破壊されて、集塊は耐火物粗材料で被覆されたポリスチレン粒子に分解することは、当業者にとって明らかである。
したがって、本願発明の構成(ウ)が自明とした審決の認定及び相違点(1)の判断に誤りはない。
2 同2について
「パン型造粒機を用いる造粒操作において、被処理物粒子表面にバインダー液を加え、次いでこれに粉末を被覆する工程を所望回数くり返して、所定厚さの均一な粉末の被覆を形成すること」は、上記文献の四つの単位操作の繰り返しによるコーチングによって行われていることであり、本願出願前周知の手段である。
そして、同文献の上記「転動造粒における造粒機構」の説明には、造粒の完成段階の記述として、「液の供給を止めると造粒物の過剰の液分は成長のため使い果たして・・・“表面乾燥造粒物”となる.さらに自然蒸発または強制乾燥とともに転動を行って液分を減少させると、造粒物表面にはもはや液膜はなくなり、・・・造粒物の成長は停止する.」(乙第2号証の4、88頁右欄10~22行)と記載されている。
すなわち、転動造粒法の場合、造粒の完成段階において造粒物の表面に存在する膜液をなくする必要があり、このために自然蒸発又は強制乾燥を採用するのであり、この乾燥の手段のいずれを採用するかは、材料の種類、性質等に応じて、当業者であれば適宜なしうることである。したがって、本願発明とこの周知のコーチング法における乾燥工程の有無及びその程度は、何ら実質的な相違ではない。
以上のとおり、審決の相違点(2)の判断にも誤りはない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1について
本願発明の要旨が前示のとおりであり、引用例発明との相違点(1)に係る本願発明の特徴が、カスケード上に水を噴霧して外表面を湿潤させることにより、該タンブリング本体を軽く固まった一つの集塊とする工程(イ)と、該湿潤タンブリング本体に耐火物粗材料を散布して、軽く固まった一つの集塊を個々にそれぞれ分離した粒子に変える工程(ウ)とを峻別した点にあること、審決認定のとおり、「パン型造粒機を用いて、被処理物粒子の表面にバインダー液を加え、更に粉末を被覆して造粒を行う場合には、被処理物粒子をタンブリング運動させ、連続カスケードを形成すること、バインダー液を噴霧により加えること及び粉末を散布により被覆することは、本出願前普通に行われていることである」(審決書5頁6~12行)ことは、当事者間に争いがない。
原告は、本願発明は、上記周知の手段において、工程(イ)と(ウ)とを峻別することによって、工程(イ)によって形成された一つの集塊が工程(ウ)によって個々の粒子に分離することを見出した点にその本質があると主張し、このような本願発明の本質的構成が自明であるとした審決の認定を非難する。
そこで、この点につき検討する。
乙第1号証の1ないし4、第2号証の1ないし6、第3号証の1ないし4により造粒分野における一般的な技術を記述したと認められる「造粒便覧」(昭和50年5月30日第1版第1刷発行、本願出願日前の昭和53年2月10日第1版第2刷発行)によれば、上記パン型造粒機を用いる場合、「コーチング操作は通常、噴霧(液の注加)、パウダースプレー(粉剤散布)、休止(パンのみ回転)、乾燥(送風乾燥)の四つの単位操作の繰返しによって行われている.」(乙第1号証の3、320頁右欄本文1~4行)ことが明らかである。
一方、この四つの単位操作の繰り返しによって行うコーチング操作の他に、粉剤をコーチング液中に添加し懸濁液として噴霧することによりパウダースプレーを省略し、被覆操作を懸濁液の噴霧、休止及び乾燥の三つの単位操作の繰り返しによって行う場合がある(同320頁左欄本文5行~321頁左欄本文1行)が、本願発明のように被覆粉剤が耐火物粗材料であり、バインダー液が水である場合、被覆粉剤を水に混ぜて均一な分散液を作ることは、両者の比重差からみてきわめて困難であるから、懸濁液を噴霧する方法が採用できないことは、当事者間に争いがなく、当業者に自明の事柄であると認められる。
そうとすると、上記文献に記載されているとおり、耐火粗材料の気孔形成材料へのパン型造粒機によるコーチング操作を、バインダー液の噴霧、被覆粉剤の散布、休止(パンのみ回転)及び乾燥の工程の繰り返しによって行うことは、本願出願前周知の技術であり、この場合、バインダー液の噴霧と粉剤の散布の各工程が峻別されていたことは明らかである。
そして、乙第2号証の4によれば、上記文献には、パン型造粒機による造粒法が属する転動造粒の造粒機構について、「一般に粉末を造粒する場合に必要な凝集力となるものは、たとえば固液気間に作用する表面張力、介在液の粘着力、吸着性、固体分子間に働く引力、静電気力など・・・である」(同89頁左欄下から14~10行)であることを明らかにし、造粒機構を核生成段階、成長段階、完成段階と分けて説明し(同87~88頁「転動造粒における造粒機構」の項)、このうち成長段階に続く完成段階について、「液の供給を止めると造粒物の過剰の液分は成長のために使い果たして粒子間隙の液分は理論飽和量の90%前後となり、造粒物表面から内部へ液は引っ込み表面毛細管力が増大することにより、液分の多い造粒物よりさらに強い内部結合力をもったいわゆる“表面乾燥造粒物”となる.さらに自然蒸発または強制乾燥とともに転動を行って液分を減少させると、造粒物表面にはもはや液膜はなくなり、他と衝突してもほとんど自ら変形せず、また他を吸収する能力も消滅して造粒物の成長は停止する.」(同88頁右欄本文10~22行)と記載されていることが認められる。
この説明に照らして、本願発明の構成(イ)、(ウ)、(エ)による被覆工程の作用機構を検討すると、まず、構成(イ)の「タンブリング本体からなる該カスケード(注・気孔形成材料本体)上に水を噴霧して外表面を湿潤させることにより、該タンブリング本体を軽く固まった一つの集塊となす」というのは、噴霧された水の表面張力により、幾つかの気孔形成材料の粒子を弱い結合力をもった集塊とすることを意味し、次いで、構成(ウ)の「該湿潤タンプリング本体に該耐火物粗材料を散布して軽く固まったこの一つの集塊を個々にそれぞれ分離した粒子に変える」というのは、このような気孔形成材料の集塊に被覆粉剤としての耐火物粗材料を散布すると、集塊の外周及び気孔形成材料の粒子間に存在していた水が、バインダーとなって耐火物粗材料を吸着するとともに、この耐火物粗材料に吸収され、吸収された分だけ水の表面張力が失われることから集塊となっている気孔形成材料の粒子間を結合する力が減少し、転動機による転動に伴って、集塊が耐火物粗材料によって被覆された個々の粒子に分離することになることを意味するものと認められる。そして、構成(エ)によって、この工程を繰り返すことによって、核となっている気孔形成材料の粒子に所定厚さの均一な耐火物粗材料の被覆が形成されるものであることも十分に理解される。
甲第2号証の1ないし3により本願明細書を見ても、本願発明の構成(イ)、(ウ)、(エ)が、以上と異なる造粒機構に基づくものであることを説明する記載はないことが認められる。
すなわち、本願発明の構成(イ)、(ウ)、(エ)は、周知の転動造粒法における造粒機構そのものの適用であり、本願発明は、これにより、所定の均一な厚さを有する耐火物粗材料の被覆を得ていると認めるほかはない。
原告は、引用例発明者の米国特許第4025689号明細書(甲第4号証)に記載された引用例発明と同様の発明の被覆方法を追試した旨の意見書(甲第5号証)を援用するが、同明細書記載の被覆方法は、「予めバインダーとコーテイング物質とを混合し、得られた混合粉末を湿潤させるか、またはスラリー形成後、コアーを被覆する。別法として、コア表面上に予め堆積させたコーテイング物質上にバインダーをスプレーしてもよい。この粉末状コーテイング物質を適当な溶媒中に懸濁後、得られた懸濁物中にコアーを浸漬してもよい。・・・具体的には、先ずコアー材料としての球状発泡ポリスチレンを粉末コーテイング物質と共にペレタイザー中に仕込み、次いでペレタイザーを動作位置に固定し、最終的にそれを操作することにより所望のコーテイングが得られる。必要に応じてバインダーを適当なスプレーにより添加してもよい。」(甲第4号証訳文5頁19行~6頁4行)との記載から明らかなとおり、本願発明の被覆方法とは異なり、工程(イ)を行った後に工程(ウ)を行うものとは認められないから、この被覆方法により所望の被覆が得られなかったことをもって、上記認定を覆す根拠とすることはできない。
したがって、本願発明の構成(ウ)が自明であるとし、相違点(1)につき、当業者が何らの困難性もなしに、これをなしうることとした審決の認定判断に誤りはない。
原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 同2について
原告は、審決認定の「パン型造粒機を用いる造粒操作において、被処理物粒子表面にバインダー液を加え、次いでこれに粉末を被覆する工程を所望回数くり返して、所定厚さの均一な粉末の被覆を形成すること」が本願出願前周知の手段ではないと争うが、上記のとおり、この点が本願出願前周知の手段であることは、明らかである。
原告は、本願発明が被覆途中の段階で乾燥工程を必須の構成とするものでないのに対し、上記文献記載の被覆方法は乾燥工程を必須のものであると主張する。
しかしながら、乙第1号証の3によれば、上記文献中、原告指摘の乾燥工程を必須のものとする被覆方法の記述は、「本章ではその中では体系化されており、他の工業分野でのコーチングに最も関係深く、これらの全体のプロセスが応用しうる医薬品工業でのコーチングを主体に記した」(同号証317頁右欄本文8~11行)部分の記述であり、主として医薬品の糖衣錠等の被覆を念頭においての記述であることが認められ、これを軽量耐火物製品の製造方法に係る本願発明のような他の工業分野に応用する場合には、使用原料を異にすることから、必要であれば、一部工程の省略等の変更を行うことは、当業者にとって自明の事柄と認められる。
そして、同文献の上記「転動造粒における造粒機構」の説明中の造粒の完成段階の「液の供給を止めると造粒物の過剰の液分は成長のため使い果たして・・・“表面乾燥造粒物”となる.さらに自然蒸発または強制乾燥とともに転動を行って液分を減少させると、造粒物表面にはもはや液膜はなくなり、・・・造粒物の成長は停止する.」(乙第2号証の4、88頁右欄10~22行)との記載によれば、転動造粒法の場合、造粒の完成段階において造粒物の表面に存在する膜液をなくする必要があり、このために自然蒸発又は強制乾燥の手段が用いられていることが明らかであり、また、所望の被覆を形成するためには、その芯剤の性状、バインダー液の種類と噴霧量の多寡、被覆粉剤の性状と散布量、造粒機の操作条件、外気温度等との関係その他各種の条件の相違に応じた操作条件を設定しなければならないことは自明というべきであるから、この操作条件の一つである自然蒸発を含む乾燥工程の有無及びその程度を決することは、当業者に任された技術的事項と認められる。
本願発明において、構成(イ)、(ウ)につき、水の噴霧量やこれによるカスケードの外表面の湿潤の程度、耐火物粗材料の散布量等に関して、何らの要件も規定されていないにかかわらず、これを繰り返す構成(エ)により、「粒状の気孔形成材料の該本体上に所定厚さの均一な耐火材料被覆を形成させる」ことができるとされており、この点は、本願明細書の発明の詳細な説明を見ても、「本発明は、・・・タンブリング運動中の該ポリスチレン上に、その球形粒子を湿潤させるために界面活性剤含有水を噴霧し、さらにタンブリング運動を継続しながら大きな集塊が生成しないように添加速度と頻度とを制御しつつ耐火物粗材料混合物を添加して粒子が確実に該混合物で被覆されるようになし、」(甲第2号証の2訂正明細書7頁15行~8頁3行)とし、その実施例の説明にも、「ノズルは0.2l/分の能力を有し、角度90度に対するフラットスプレーを与えた。該噴霧の目標はパン壁と底部間の継目を指向させ、ポリスチレンカスケードの限定面積をカスケード全巾を横切って平均に湿潤せしめる位置とした。噴霧水は1%の非イオン界面活性剤を含んでいた。十分量の噴霧を衝撃的に行ない、流下するポリスチレンを湿潤させて軽く密着した集塊とした。少量の耐火物粗材料混合物を振り掛けて、この集塊を独立分散粒子に戻した。」(同11頁9~18行)として、それ以上特段の記載はないことに照らしても、この点は、当業者がその技術常識に従い適宜なしうることとされていることが明らかである。
そうとすれば、本願発明のように水をバインダー液として耐火物粗材料を気孔形成材料に被覆する場合、上記周知の技術に基づき、適宜乾燥工程を省略し、本願発明の構成に到ることは、当業者にとって容易にできることと認められる。
原告は、乾燥工程が製品の性状にとって好ましくない結果をもたらす根拠としてジー・ケイ・サージャント作成の意見書(甲第6号証)を援用する。しかし、同意見書においては、上記文献の4工程からなる被覆方法を追試したものとして、「必要な蒸発速度を得るための温度ではポリスチレンは軟化あるいは溶融してしまうので、このプロセスは明らかにポリスチレン粒子に対して適するものではない。」(同号証訳文9頁13~22行)としながら、あえて「得られた粒子をホット空気で乾燥する」(同頁9行)という乾燥方法を用いたことが認められ、このように、ポリスチレンからなる粒状の気孔形成材料を用い、水をバインダー液として耐火物粗材料を気孔形成材料に被覆する本願発明の場合に適さないホット空気による強制乾燥の方法をもって実験してみても、これにより、上記周知の被覆方法が採用できないことを理由づけることができないことは明らかである。
そうすると、相違点(2)につき、当業者ならば必要に応じ適宜なしうることとした審決の判断は相当であり、原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 以上のとおり、原告の取消事由の主張は、いずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵も見当たらない。
よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担、上告のための附加期間の付与につき、それぞれ行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、同法158条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)
昭和62年審判第14811号
審決
イギリス国デイエイ17・6ビーエヌ、ケント、ベルベダー、クラブツリー・マノアウェイ、フィッシャーズ・ウェイ(番地なし)
請求人 キース・セラミック・マテリアルズ・リミテッド
東京都港区南青山一丁目1番1号 新青山ビル西館14階 秋元特許事務所
代理人弁理士 秋元輝雄
東京都港区南青山一丁目1番1号 新青山ビル西館14階 秋元特許事務所
代理人弁理士 秋元不二三
昭和54年特許願第14900号「耐火物製品の製造方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和55年 8月22日出願公開、特開昭55-109258)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
本願は、昭和54年2月10日の出願であって、その発明の要旨は、補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第(1)項に記載されたとおりの、
「(1) 粒状の気孔形成材料の本体を耐火物粗材料で被覆し、次いで該被覆本体を乾燥した後、粒状の気孔形成材料の該本体を分解して該耐火物材料から成る中空体を形成させるために該被覆本体を引き続いて焼成することから成る軽量耐火物製品の製造方法において、
(ア) 本質的にポリスチレンから成る粒状の気孔形成材料の該本体を連続的にタンブリング運動させて、該本体から成る連続カスケードを形成させる工程;
(イ) タンブリング本体から成る該カスケード上に水を噴霧して外表面を湿潤させることにより該タンブリング本体を軽く固まった一つの集塊となす工程;
(ウ) 該湿潤タンブリング本体に該耐火物粗材料を散布しておく固まったこの一つの集塊を個々にそれぞれ分離した粒子に変える工程;および
(エ) 該タンブリング本体への噴霧と散布工程を繰り返えすことにより粒状の気孔形成材料の該本体上に所定厚さの均一な耐火材料被覆を形成させる工程;
から成る改良方法であって、粒状の気孔形成材料本体上に所定厚さの均一な耐火材料被覆を形成させるための改良方法。」
にあるものと認められる。
これに対して、原査定において拒絶理由に引用された特開昭48-25064号公報(以下、引用例という)には、ポリスチレン粒子の気孔形成材料の表面にパン型造粒機を用いて水をバインダーとして耐火物材料粉末を被覆し、所定厚さの耐火物材料被覆を形成し、次いでこれを乾燥した後焼成して、との気孔形成材料を分解して軽量耐火物製品を製造することが記載されている。
そこで、本願発明(以下、前者という)と引用例記載のもの(以下、後者という)とを比較すると、両者は、ポリスチレン粒子の気孔形成材料の表面に水をバインダーとして耐火物材料粉末を被覆し、所定厚さの耐火物材料被覆を形成し、次いでこれを乾燥した後焼成し、この気孔形成材料を分解して軽量耐火物製品を製造する点で一致し、次の点で相違する。
(1)ポリスチレン粒子の気孔形成材料の表面に水をバインダーとして耐火物材料粉末を被覆するに際して、前者は、該気孔形成材料をタンブリング運動させ、連続カスケードを形成させ、次いでこれに水を噴霧して表面を湿潤させ、これによりタンブリングする該気孔形成材料を軽く固まった一つの集塊となし、続いてこの一つの集塊に耐火物材料粉末を散布して、個々に分離した粒子に変えるのに対して、後者は、単にパン型造粒機を用いて、該気孔形成材料の表面に水をバインダーとして耐火物材料粉末を被覆する点、(2)該気孔形成材料の表面に所定厚さの均一な耐火物材料被覆を形成するために、前者は、該気孔形成材料表面への水の噴霧と耐火材料粉末の散布の工程を繰り返すのに対して、後者は、その工程をくり返すかどうか不明である点。
そこで、これらの相違点について以下に検討する。
(イ)相違点(1)について
パン型造粒機を用いて、被処理物粒子の表面にバイシダー液を加え、更に粉末を被覆して造粒を行う場合には、被処理物粒子をタンブリング運動させ、連続カスケードを形成すること、バインダー液を噴霧により加えること及び粉末を散布により被覆することは、本出願前普通に行なわれていることであるし、またその際被処理物粒子がポリスチレン粒子の気孔形成材料であり、バインダー液が水である場合には、この気孔形成材料の軽く固まった一つの集塊が形成されること及びこの集塊に耐火物材料粉末を被覆すれば個々の分離した粒子となることは自明のことであるから、ポリスチレン粒子の気孔形成材料をタンブリング運動させ、連続カスケードを形成し、次いでこれに水を噴霧して軽く固まった一つの集塊となし、続いてこの集塊に耐火物材料粉末を散布して個々の粒子に分離することは、当業者ならば何らの困難性もなしになし得ることと認められる。
(ロ)相違点(2)に対して
パン型造粒機を用いる造粒操作において、被処理物粒子表面にバインダー液を加え、次いでこれに粉末を被覆する工程を所望回数くり返して、所定厚さの均一な粉末の被覆を形成することは、本出願前周知の手段であるので、ポリスチレン粒子の気孔形成材料への水の噴霧と耐火物材料粉末の散布工程をくり返し、所定厚さの均一な耐火物材料粉末の被覆を形成することは、当業者ならば必要に応じ適宜なし得ることと認められる。
したがって、本願発明は、引用例に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明し得たものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
昭和63年12月27日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
請求人 のため出訴期間として90日を附加する。